『モダン・デザインの展開 モリスからグロピウスまで』
Pioneers of the Modern Design from William Morris to Walter Gropius(1949)の邦訳。第一版は Pioneers of the Modern Movement from William Morris to Walter Gropius という題で、1936年に出ている。近代デザイン史としては最も古典になるとおもわれる。 トニー・ガルニエの工業都市(1901ー1904について書かれた、以下の記述は印象的である。 しかもこの工業都市には、全然今日のものとしか見えない建物がいくつか存在するのである。「年代を誤る」可能性は、ここで初めて起る。本部事務所の建物では、陸屋根、全く繰形のないこと、マッシヴな中央部分とコンクリートの梁とガラスでできている正面の両側部分との対比、さらになかんずく右方にある僅かな柱で支えただけの屋根つきのプラットフォーム––これがすべてこのように早い年代にできたとは、どうしても思えない。
また、ルイス・サリヴァンのカースン・ピリー・スコット百貨店についても、同じような記述がでてくる。 一階と二階の装飾は、サリヴァンのもっとも花々しい、しかも奇抜な手腕を振ったものだが、それ以上の階は、この書物のここまでに出て来たどの建物よりも、断乎として二十世紀のリズムを誇示している。そしてここでも再び、横長窓の列と列との間に白い連続した帯が水平に通っている大写しの写真を見れば、大概の人は誰でもきっと年代違いをするに違いないのである。
現代からみたときの先駆的な建築が、いかに彼の現代的な感性と差異がないかを述べているわけだが、重要なのは、優れた建築が「現代的」にみえるのは、時間を越えた様式だと捉えられているからだろう。40年くらい前のものが古く見えるかどうかは、その建築が時間を越えた力を持っているかどうかによる。 また、この著作で特徴的なのは、様式論的な記述である。ある建築なりデザインなりの「作品」の特徴を記述し、それが時代や「民族」とどう関わっているかを記述する。ようするに、アウトプットにあらわれる様式が分析の中心になっている。 当時の様式論にとって、様式の担い手は「ある時代の特定の民族」だから、たとえば「1900年頃のドイツ民族の様式」などになる。この概念では、国際様式を特性とした現代について、記述が困難になる。
そうなってみると、バウハウスにとって重要だったのは教育だったり、モノ作りのプロセスだったりするが、そういったものをペヴスナーが書けなかった理由もあきらかである。美術史学は、作品を記述するシステムしか用意していなかった。デザインは、計画を立案してそれをモノなどに投機する行為であるが、様式論の限界は、すでに存在するモノを記述するシステムでしかないことにあり、計画のような非物質的なモノを記述できない。これは当時のデザイン史のかかえた理論的な限界になっている。